高齢者世代の顧客化を目指す「シニアDX」の有効性と可能性
【葬儀DX対談】菊川諒人 (株)オースタンス 代表取締役社長×白石和也LDT (株) 代表取締役
※この記事は月刊フューネラルビジネス2023年5月号の掲載内容を元に加筆修正した内容になります。
今回は、日本最大のシニア向けコミュニティサイト「趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)」を運営、シニアDXで大手企業のコンサルティングなどを行なうオースタンス代表の菊川諒人氏と対談。オースタンスの事業内容、終活領域でシニア世代がどのような購買意欲やつながりを大切にしているか、葬儀に関する考え方などについて語っていただいた。
テクノロジーでシニア世代にポジティブな変化をもたらす「シニアDX」
白石 まず、オースタンス様が取り組まれている事業に関してご紹介をいただけますでしょうか。
菊川 私たちオースタンスは、「シニアDX」を推進する企業です。シニアDXとは当社でつくった言葉なのですが、あらゆる地域のシニアの方に、デジタル、ITを使って、生活にポジティブな変化を起こしていく、ということです。
BtoCの、自分たちで事業をつくるものと、BtoB、BtoG(行政や自治体)、BtoE(従業員)といった企業・自治体や従業員向けのもの、主に退職前後の人たちへ人事からサービスを届ける形のものですが、さまざまな事業者と組んで、多様な事業をつくっています。
BtoC事業の代表例は、自社運営の中高年・シニア向けコミュニティサービス「趣味人倶楽部」です。これは、50歳~70歳代の大人世代をメインユーザーとした日本最大の趣味でつながる匿名のコミュニティです。ひと言でいうと大学のサークルのシニア版/ネット版のようなもので、ツーリングや社交ダンスなど好きなものでつながり、コミュニティ・イベント・日記などでオンライン・オフライン問わず活発に交流するものです。会員数は約36万人で、月刊PVは3,000万以上にのぼります。
また、いまはこれまでのノウハウを活かして、「セカスク」というオンラインレッスンサービスを立ち上げたところですね。
BtoBとしては、シニア事業を成長させたい企業様への支援や、フレイル予防につながるVRサービスの実証実験なども行なっています。BtoGやEでは、健康寿命を伸ばすために、DXを絡めて地域の健康と学びをテーマにしたサービスの立ち上げ、支援を行なっています。
シニア向けビジネスの多くは世代でターゲットをセグメントしますが、私たちは55歳~70歳くらいの子育て後や定年退職といったライフイベントで生活が変わった方をターゲットにサービスを提供し、“毎日の楽しみ”や、“好奇心”をくすぐる「体験」や「出会い」を届けたいと思っています。
白石 ありがとうございます。実は私は葬祭業とオースタンス様の事業は親和性が高いと思っています。
前提として、将来推計では2040年には亡くなる方の数がいまの約1.1倍になり、60年には就労人口がいまの約3分の2になります。葬儀件数が確実にふえるなか、葬儀のオペレーションをやりたい人というのは今後も思い入れや原体験がある人である可能性が高いので、いまの1.1倍の葬儀件数を半分ほどの人数で回していかなければならなくなるわけです。
ところが、ほとんどの葬儀社はこの高齢多死社会で業務を行なえるオペレーションになっていない。オペレーションを変えるためにはDXが必須ですが、中小事業者だとIT投資もむずかしく、組織を変えるためのノウハウ・リソースに乏しいのが現実で、DXができないならM&Aによる企業統合が望ましいと考えています。
現在、90%以上の葬儀社が従業員10人以下と家族経営に近い運営体制で、業務を体系化・組織化できておらず、夜間のお迎えに代表される労務問題を抱えています。
こうした前提のうえで、いまの葬祭業をみると人口減で参列者が減り、葬儀単価も下落して既存のビジネスモデルが崩壊しつつあるわけです。業界はDXによる収益モデルを変更しアフター売上げを上げる収益構造への変換を必要としており、アフター事業のなかで海洋散骨や墓じまい、手元供養、相続、遺品整理、不動産売却は重要なサービスとなりますが、アフターを成立させるために事前囲い込みは必須です。
この事前囲い込みに「趣味人倶楽部」をはじめとするオースタンス様の事業、シニアDXは有効なのではないかと思うのです。
菊川 なるほど。
白石 あくまでオースタンス様はシニアDXなので、葬儀社をコンサルティングするかどうかはわからないのですが、大手互助会様あたりとは相性がいいように思います。あるいは事前囲い込みも考えて介護事業に進出している葬儀社もありますが、そうした事業者と新しいビジネスモデルをつくることはあるのでしょうか。
菊川 私たちの顧客は高齢者というよりは中高年やシニア層だったりするので、介護だと自分が必要というよりは親のためにサービスを探す層ですね。実は介護事業者の方と何か一緒にできないかという話はしています。
自分が亡くなる、ということは誰にもあることであって、たとえば病気になる、配偶者を亡くす、認知症になる、などさまざまな変化を経たなかで終活というか、人生の終え方、身のまわりの整理、広義のキャリア・生き方の設計について考えることがあるでしょう。
そうした顧客の変化に派生する形で、相続ビジネスや介護関連の事業などを立ち上げていくことはあると思います。
また、葬祭業界で取り組んでいきたいことは、互助会が会員向けに発行している会員誌をDX化していくことです。高齢化している会員様に向けてデジタルを活用することで、新たなデータが取得でき顧客解像度が上がる。それだけでなく、会員誌のコストカットにもつながる取組みとして挑戦していきたいです。
白石 大手互助会さんだとエリアで大きなシェアを占めていたりするので、その互助会の動向がその地域の葬祭文化やエンディング文化に大きな影響を与えることがあります。そういう会社とコミュニティをつくるなどの可能性があるのではないかと考えますが。
菊川 私たちにはつくりたい価値のイメージがあって「来週、何しよう?」といった、ポッカリ空いたカレンダーに予定をつくっていくような、歳を重ねても“楽しみ” がある人生を歩めるような社会にしていくのが私たちのあり方です。
そうであれば、残された家族が、亡くした人を供養していくという点で、どこかのコミュニティに所属し気持ちをシェアするなど形に残していくというのはすごく興味がありますね。
白石 いろいろなことができそうな気がしますね。
菊川 好きな人や共感してくれる人を1人でも見つけられると、人生が華やかに楽しくなる。人とのつながりが活力になるというか。趣味人倶楽部ではそういった出会いや交流のきっかけをつくっています。
たとえば、パートナーが亡くなった方に対して「つながっている感覚」を提供するのは大切です。そこにどういう体験を届けるか、まさにコミュニティの考え方です。
残された人にどんな価値で葬儀を提供していくか
白石 オースタンス様の取組みのなかで葬祭業に関連する事例とか、オースタンス様から見た葬祭業界のあり方などを伺いたいのですが。
菊川 葬儀に近しい事例というと思い着きませんが、葬儀を1つのイベントとして捉えたときに気づいたことをお話ししたいと思います。
私たちは、シニア向けのオンラインイベントを日本でいちばん行なっている会社です。趣味人倶楽部だけでも2,000回弱の実績があり、年間10万人がイベントに参加していたことになります。
コロナ禍での趣味人倶楽部を見てみると、最初はリアルで食事会やヨガをしていたのがオンラインでという代替開催が多かったのですが、それは徐々に少なくなりました。利用者が「オンラインならではの体験価値」を再発見していったのだと思います。
もともと地理的に出会えない人と出会えるという価値を皆さんおっしゃっていて、たとえば東京の人が鹿児島の人と話して、知識を得たうえで鹿児島に旅行するなどということがよくありました。リアルの単純な代替ではなく、オンラインで顔を合わせてコミュニケーションをする価値ですよね。
一方で、一時ニュースにはなったものの「オンライン葬儀」が流行らなかったのは、それが「コロナで参列できないから」というリアルの単純な代替にとどまったからではないでしょうか。もう少し亡くなった人に対する見方というか、亡くなった人について集まって話すということがオンラインで補完されていれば、「オンラインならではの体験価値」を提供できたのではないかと思います。
白石 なるほど、確かに「葬儀=イベント」という観点は重要ですね。
菊川 あとこれは私たちの事業ではないのですが、自分の生きた証や家族の想い出、具体的には自宅などで気軽に写真展ができるサービスを提供している友人がいます。その友人によると、意外と病院からの問合せが多いのだそうです。人生の終末期にある人が病室に思い出の写真を展示するニーズが多いと。
自分の体験、想い出を形にする、クリエイティブに落とすというのは素敵なことだと思います。
白石 確かに、いいですね。
菊川 歳を重ねると、皆さん未来の話より過去の話のほうが話せることが多い、共有できることが多かったりしますから。趣味人倶楽部でも「旅行の想い出」とか「想い出を引き出す過去のもの」の投稿は多いのです。
白石 企画のつくり方次第で、BtoCのニーズはありそうですよね。
菊川 葬儀の演出としても考えられますよね。
白石 それは私も思いました。
菊川 体験や想い出をクリエイティブに落とすというのは、「葬儀はこうでないとダメ」という先入観を崩すのにも役に立つのではと思います。
いまの葬儀を見ていて、自分が亡くなったとき、本当にその形を求めるかというと……。何か画一的に感じますね。コロナ禍でウエディングは「自由な場所」「自由なコンセプト」へとかなり変わりました。葬儀にもその流れがくるのではないかと期待しています。
白石 オンライン化ややらない人も含めて、さまざまな形が出てくる可能性はありますね。
菊川 「葬儀」という1回のイベントでどうこうではなく、もうちょっと長く供養してもらえるのがいいとか。ビジネスとしても、ショットワークスのイベントで売上げを立てる、積み上がるような形のほうがいいですよね。
白石 お客様とせっかく接点をもてるのであれば、そのほうがいいんじゃないかと思います。
菊川 喪主になる方ははじめてか、まあ2回目。はじめてだからこそ情報の非対称性がすごくあって、しかも緊急性が高いので、葬儀社に言われるままパンフレットを見て選んでしまう。もっと自由な選択ができるようになったほうがいいでしょう。自分で設計する、葬儀を事前にプロデュースということはないんですかね。
白石 そうですね、そういう「オリジナル葬」もふえてくるかもしれません。
菊川 葬儀社がそのパーパスをどこに置くかには興味があります。自分が迎えるであろう死についてもっと情報を流通させたり、残された家族に降りかかるはじめてでたくさんの作業を代替したり、もっとオープンにしていってほしいですね。
白石 確かにその辺がブラックボックスになっている気がします。
菊川 情報の非対称性をぜひ是正してほしいと思います。
白石 今後の展望について教えてください。
菊川 今後の展望というより、人の死やお葬式に関連した機会についてですが、高齢のご夫妻では、多くの場合、男性のほうが先に亡くなるじゃないですか。残された女性にどんな価値をどんなふうに届けるかが課題かと思っています。私の父も6年後には祖父が亡くなった年齢。残った母がどうなるのか、と他人事ではないのです。
趣味人倶楽部の利用者を見てみると死別・離別された方も少なくありません。残された人にどういう価値を提供していくかは、すごく大事なことです。先に申し上げたように、共感してくれる人を見つけられると人生が華やかに楽しくなりますから、今後は誰かと話す、一緒にスポーツをするといったコミュニティづくりを、パートナーが亡くなった時点から行なえる、そういうサービスは今後求められるのではないかと思います。
白石 私たちも、エンディング期だけでなく人生全般について、テクノロジーを使って人々のQOL(生活の質)を向上させる最適なレコメンドを提供していくことを目指し、社名をライフエンディングテクノロジーズからライフデザインテクノロジーズ(LDT)に変えました。その理念からも、「残された人が人生を楽しく過ごしていく」ことは重要なテーマだと思っています。オースタンス様とはその観点で中長期的にご一緒できるといいなと考えています。本日はありがとうございました。
参考URL:
(株)オースタンス
◆この記事の監修者プロフィール
LDT株式会社 代表取締役CEO
白石 和也
2014年リベラルマーケティング(株)を創業し、終活関連サービスのオンライン集客で日本最大級のサイトを運営。2020年東証プライム上場の(株)Link-Uに売却。
2016年ドローンパイロット派遣会社を立ち上げ、大手インフラ企業のDXソリューションの開発などに従事、2018年同社をNASDAQ市場へ上場したエアモビリティ開発会社のグループへ売却。
2019年9月当社を創業。