葬祭業界で高まるM&Aの必要性~買い手がつきやすい葬儀社の条件とは?~

※この記事は月刊フューネラルビジネス2023年5月号の掲載内容を元に加筆修正した内容になります。

「事業承継」「事業参入・成長」「救済」のシーンで有用なオプションであるM&A

2つ以上の企業が1つに合併(Mergers)したり、ある企業が別の企業を買収(Acquisitions)したりすることを指すM&A。かつて国内では「乗っ取り」「大企業に飲み込まれる」といったネガティブなイメージがあったが、最近では企業の持続・成長戦略において有用なオプションの1つとしてすっかり定着した。

弊社LDTでは、このM&Aの必要性が葬祭業界において高まっていると考えている。


統計上の予測では、2040年には死亡者数が現在より約1.2倍、2060年には就労人口が約3分の2になる。葬祭事業者はより多くの葬儀をより少なくなる人員で施行しなければならなくなるのだが、ほとんどの葬儀社がこの状況に対応できるオペレーションになっていない。生き残るためにはDXによるオペレーションの変革が必須であり、コストやノウハウの面でDXがむずかしい事業者はM&Aによって大手または大手になるであろう企業への統合が望ましい、というのが弊社の問題意識だ。


 さらに、葬祭業界には長い歴史があり、数千社の事業者を有し、施行件数の増加という意味でマーケットも伸びているにもかかわらず、若い世代には「怖い」「低待遇」などネガティブなイメージがあり、多くの事業者が人材の採用に苦労している。M&Aによって各事業体が大きくなり、生産性・効率が上がり、従業員の待遇も改善されれば、自然に優秀な若い人材が入ってくるようになり業界全体が盛り上がるのではないか、という想いもある。


そもそも、葬祭業界に限らず、M&A成立の背景を考えると次の3つの要因がある。

①事業承継型:後継者がいない企業を買い手側が買収し、永続的な事業の継続を図るもの。


②事業参入・成長型:ある事業に参入する、あるいは事業を拡大させようとする企業が、顧客とその情報、集客チャネル、技術やノウハウ、設備といった必要なリソースをもつ企業を買収し、事業参入・成長を図るもの。


③救済型:売上げや収益が上がらないなどの理由で存続が危ぶまれる企業を資本力のある企業が買収して事業を存続、経営者の救済や従業員の雇用確保を図るもの。

①②③の要因が複合して存在し、売り手側と買い手側の折り合いがつくことではじめてM&Aは成立する。例えば、22年7月、弊社は㈱DMMファイナンシャルサービスのライフエンディング事業である「DMMのお葬式」「DMMのお坊さん」「DMMのお墓探し」の3つのサービスを承継しているが、このM&Aは「事業承継」という意味では、①の要素を含むと同時に、弊社の思惑としては、運営する葬儀関連情報ポータルサイト「やさしいお葬式」を拡充するために必要なアセットを引き継ぐということがメインの目的だった。つまり、②の要因が主だったわけだ。実際、このM&Aにより「やさしいお葬式」の提携先は一気に増加した。

「買い手がつきにくい/いい価格がつきにくい」企業の特徴

あらゆる売買と同じく、M&Aにも「買い手がつきやすい/いい価格がつきやすい」場合と、「買い手がつきにくい/いい価格がつきにくい」場合がある。先に挙げた例だと、①の場合はその企業が優良であれば買い手がつきやすく、価格も上がるだろうし、②の場合は買い手側に対して売り手側は値段の交渉がしやすくなり、③の場合は買い手がつきにくく、いい価格もつきにくくなる。


葬祭事業者が「買い手がつきやすい/いい価格がつきやすい」企業であるためには何が必要だろうか。
弊社の分析によれば、まず当たり前のことだが、月次の決算がしっかりとしていること、そして顧客のLTV(Life Time Value)が正確に把握できていて、かつそれに対するCPO(Cost Per Order)などのコスト管理ができていることの2つがいい企業の最低条件であり、さらに業務が属人化していない、分業の仕組みで効率的に動いている組織であることが「買い手がつきやすい/いい価格がつきやすい」ポイントである。

他社にはない特徴があれば、それも強みとなる。例えば、施行件数がエリアでNo.1のシェアなどは大きな強みだ。エリアで施行件数が多いということはそのエリアのデータをどこの葬祭事業者よりも蓄積しているということだからだ。

これらを裏返せば、そのまま「買い手がつきにくい/いい価格がつきにくい」企業の特徴になるわけだが、残念ながら葬祭業界では「買い手がつきにくい/いい価格がつきにくい」企業が大多数だという。

現状では、90%以上の葬祭事業者が家族経営に近い運営体制になっており、業務を体系化・組織化できていない。弊社のコンサルティング事例では、月次の決算どころか月の施行件数や、葬儀を受注した経路、販促の効果などを正確に把握できていなかった場合もあった。

そんな状態では、買い手側が企業の価値を分析できなくなってしまう。売り手側にとって、特に大手・上場企業に買ってもらおうと思うと管理は重要だ。

財務的には、保有する施設・不動産がマイナスになることもある。保有施設に違法建築があれば買い手はつかないし、簿価純資産でいくら高額な不動産を保有していたとしても、葬祭会館の跡地が実勢価格としてどれくらいで売却できるかは不透明だからだ。

葬祭事業者の多くが抱えているであろう労務管理の問題も大きい。弊社のコンサルティング事例で見ると、しっかりと数字を追って労務管理をしていけば、会社としての収益を上げつつ残業を減らしていくことは十分に可能だ。にもかかわらず旧来のやり方で労務管理を放任している葬祭事業者は、やはり買い手側からは大きなリスクと見なされる。


こうした「買い手がつきにくい/いい価格がつきにくい」企業が多数であることは、いまだ葬祭業界でM&Aの必要性が広く認識されていないことのあらわれだとも言えるだろう。

23年2月28日に厚生労働省が公表した人口動態統計(速報)では、22年の死亡数は前年比8.9%の増加となった。しかし、施行件数ベースで前年比8.9%増加となった葬祭事業者は、全国で何社あるだろうか。施行件数が増加していなければ、あるいは増加が8.9%に届かなければ、その葬祭事業者はマーケットの拡大に取り残されているということになる。これはよく言われる葬儀単価の下落とは別次元の危機だ。

旧来やり方を踏襲し続ける限り、葬祭事業者は取り残され続けることになるだろう。施行件数をふやすには体系化・組織化による業務の効率化、DXが急務だ。数年後どうしようもなくなってから救済型のM&Aを志向しても、おそらく遅い。売り手がいても買い手がつかなければM&Aは成立しないからだ。


今後、葬祭業界ではM&Aが進んでいくだろう。M&Aで事業規模が大きくなれば、仕入単位を大きくして原価を下げることも一部の業務を内製化することもできるようになる。ブランドが確立すれば価格も上げやすくなり、新たな人材も採用できるようになり、人員の配置を最適化できるようになる。


そうした葬祭事業者が生き残っていくと、私たちは考えている。